荒船山
・期間 2012年4月30日(月)
・山域 長野県・佐久市/群馬県・下仁田町
・形態 単独・ピストン
・行程 内山峠→艫岩→経塚山→艫岩→内山峠
※ 西上州の「荒船山」は、誰が見てもそれと分かる独特の山容をしている。春の薄曇り、船の甲板に向けて内山峠から登った。
4/30(月)曇り
内山峠(8:30)→岩屋・修験堂跡(9:25-9:35)→艫岩(10:25-10:40)→経塚山(11:05-11:25)→艫岩(11:40)→岩屋・修験堂跡(12:20-12:35)→内山峠(13:10)
| 荒船山の存在は、山を始める前から知っていた。 「名は体を表す」と言うが、初めてこの山の写真を見たとき、正に諺どおりの山だと感心した。 船の形にそっくりな山。艫(船尾)から登り舳(船先)へと歩いた。 ![]() 荒船山(出典:wikipedia) |
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![]() 国道から荒船山を眺める |
長野県の佐久から群馬県の下仁田に向かう国道を走っていると、目の前に水平に横たわる船のような形をした山が見えてきた。 車を止めて写真に収めたが、舳先に当たる「経塚山」が見えない。ひょっとして、違う山かも・・・。 |
![]() 内山峠の登山口 |
内山峠に到着すると、駐車場はほぼ満杯だった。 登山口に一番近い場所が1台分空いていたので、大急ぎで頭から滑り込ませた。 ※当初の計画では、反対側の「荒船不動尊」から登るつもりで国道を走ってきたが、不動尊への入口が分からず内山峠まで来てしまった。 これだけの車が止まっているということは、こちらの方がメジャーかも知れない。 20台程度が駐車可能。トイレ、水なし。 |
![]() 登山口の案内板 |
古ぼけた案内板の前を通って登山道を歩き出した。 案内板の中央には熊の絵が描いてある。何処の山でも”熊注意”の看板は見かけるが、この辺にも熊が多いのかなー? |
![]() 熊出没の注意看板 |
5分ほど歩いた木の幹に、こんな恐ろしい看板が括り付けてあった。 この辺りに棲む熊は、どう考えても「ツキノワグマ」だと思うけど、北海道じゃあるまいし、この絵はどーー見ても「ヒグマ」だよなー!(笑) |
![]() 静かな登山道 |
薄靄の掛かった林を縫って、アップダウンを何度も繰り返しながら徐々に高度を上げて行った。 稼いだ高度をそっくり吐き出すような急下降もあり、低山とは言え中々手応えがある。 ※都合、6度のアップダウンを繰り返した。 |
![]() 岩屋(修験堂跡) |
歩き始めて1時間で岩屋(修験堂跡)に到着した。 地図には書かれていないが、白い立札があり祠を祭った痕跡もある。 良ーーーく、目を凝らすと「佐久市教育委員会」の文字が見えた。この場所は、市の史跡であることが分かった。 |
![]() 「艫岩」の展望台:オバちゃん3人組が邪魔だなー! ![]() 下を覗くと落差200mの奈落の底 |
岩屋から先は、所々に鎖が張られた岩場となった。 更に1時間も歩くと、船で言う「艫」。言い換えれば「船尾」の部分に到着した。 ここが有名な「艫岩」で、縁から先は200mの大絶壁が落ち込んでいる。 実は、岩屋を歩き出して直ぐにオバちゃん3人組が背後をぴったりと付いてきた。 背後に付かれるのは苦手だが、避ける場所もないので、仕方なくそのまま歩いていた。 オバちゃんって、どうしてこうも騒々しいのか! 「残った『わかめスープ』にご飯を入れて卵でとじると美味しい。」とか、「紅茶には『チーズケーキ』が最高!」とか、「嫁の悪口を言う割には、孫を自慢したり」で、兎に角、五月蠅しい。 井戸端話は下界ですれば良いのに、全く良識のない人種である。何度か咳払いして注意喚起したが、オバちゃん達には効き目がなかった。 ※「クレヨンしんちゃん」の作者である臼井儀人さんが、2009年に悲惨な最期を遂げた場所でもある。 |
![]() 真っ平らで真っ直ぐな道を経塚山へ向けて歩く |
一服を終えて船首の部分に当たる「経塚山」へ向かうことにした。 荒船山とは、山全体の呼称であり、この山の最高点は「経塚山」である。 水平な道が真っ直ぐと延びていた。 |
![]() 経塚山の頂上 |
「艫岩」から20分で経塚山へ着いた。 木々に囲まれて視界はない。例え木々が無くても、この天気ではどうしようもない。 でも、どんな山でもピークを踏むことは、一入の思いがある。 |
![]() 頂上の祠 ![]() 熊野の修験者が納めたお札 |
此処にも、ご多聞に漏れず祠があった。 多分、「荒船神社」のご神体を祭ってあると思うんだけど、その前に立派なお札が奉納してあった。 見事な筆字で「西国1番札所、那智山青岸渡寺、熊野修験」と書いてあった。 熊野の修験者は大したものである。俺の故郷、房総の山々にも同じお札が奉納されていたのを思い出した。 ※房総の山 烏場山と御殿山 ※「青岸渡寺」は、那智勝浦にある西国33霊場の1番札所である。 最近は、妻と二人で札所巡りをしているので、寺や仏像に詳しくなってきた。 坂東33霊場は巡り終えて、今は西国33霊場と秩父34霊場を巡っている途中である。 全部巡ると100霊場の達成となり、最後に長野・善光寺にお参りして結願となると言う。 このHPに「巡礼コーナー」でも特設しようかなー!(笑) |
![]() クマが傷付けた跡 |
祠に合掌してから、来た道を戻った。 往路では気付かなかったが、登山道脇のナラの木に真新しい傷跡があった。 1本ではなく、そこらじゅうの樹肌が同じ様に動物が引っ掻いた傷が残っている。鹿ならもっと柔らかい樹肌を食べるはずであり、硬いナラの木をここまで無残に剥ぎ取った犯人は、クマだ! 良ーく見ると、鋭い爪痕と深い歯型がくっきりと残っている。歩き初めに見た”クマ注意!”の看板が嘘ではないことが分かった。 |
![]() 艫岩の休憩舎 |
「艫岩」まで戻ってきた。 登って来た時には賑やかだった休憩舎が、木立の中にひっそりと佇んでいた。 |
![]() 内山峠を挟んだ対面の山々 |
「艫岩」を後にした。 雲も薄くなり、内山峠を挟んだ向かい側の山々の稜線も見えてきた。 眼下の国道を走る車のエンジン音も大きく聞こえてきた。 たった半日の山歩き、下界が近づいてきた。 |