妙義山
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上毛三山の一つである妙義山は、表妙義と裏妙義の一対の山塊の総称で、 |
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![]() 道の駅から見た妙義山(白雲岳) |
妙義神社の大鳥居の先に“道の駅”があった。 出発前にトイレを済ませようと車から降りると、案内所のガラス戸に「第四石門付近で大規模な落石があり、中之嶽神社と石門登山口からの中間道は通行禁止」との注意書きが張ってあった。 俺が狙ったコースがダメになってしまった。 どうしたものか?と案内図を眺めると、妙義神社側の半分のルートは通行可能であることが分かった。 “道の駅”には登山者は駐車できないので、すぐ先の市営駐車場に移動した。 広い駐車場には岐阜ナンバーの先客が1台だけ、地元の人はこの蒸し暑い時期を敬遠したのかな? |
![]() 妙義神社の山門 ![]() 彩色鮮やかな妙義神社本殿 |
妙義神社の大鳥居を潜って、急な坂道と真っ直ぐな階段を上って行くと色鮮やかな妙義神社の本殿に着いた。 |
![]() 鎖場を登る ![]() 鎖場を登り切った鞍部 |
杉林を登って行くと、間もなくガレ場の急登と鎖の掛かった一枚岩が現れた。 ザックのベルトを締め直し、手袋を嵌めて3点確保の原則を忠実に守って鎖に取り付いた。 幾つもの鎖場を登り鞍部に出た。 ここにも例の案内板があった。 ザックを降ろして小休止、汗を拭き“大の字”の方向に進んで行った。 直ぐに垂直の岩峰の真下に突き当たった。 見上げると真新しい立派な鎖が垂れ下がり、先が見通せない。 手掛かり足掛かりを慎重に見極めて鎖を頼って体を引き上げていった。 |
![]() 大の字の岩峰 ![]() 赤城山が広い裾野を広げていた ![]() 都心方面を眺める |
垂直の壁を登りきると、見晴らしの良い岩の上に出た。 ここが“大の字”かな? と思う間もなく「お疲れ様!」と声を掛けられた。 先ほどの男性クライマーだ。 「景色が最高ですね。」と彼 『そうですね。絶景ですね』と返した。 岩峰の上での一期一会は、自然と山の話になる。 彼の年齢は40半ばと見られ、名古屋から殆ど睡眠なしでやって来て、奥の院から早雲山を縦走すると言う。 流石に猛者だ。 俺は『この先の“辻”から中間道へ向かいます。』と言うと、 「気を付けて・・」の言葉を残して、岩峰を降りて行った。 一人になった。 改めて眺めると立派な景色だ。 北には赤城山、東に都心方面、南に南上州から奥秩父の山々が続いていた。 |
![]() カニの横ばい ![]() 奥の院と白雲山 |
鎖を伝って岩峰の基部まで戻り、雑木林を抜けて尾根を下って行った。 途中に“カニの横ばい”のような一枚岩を鎖を伝ってトラバースし、1時間ほどで“第一見晴”に到着した。 文字通りの見晴らしを期待したが、大した景色ではなく“大の字”の展望に比べると格段の差だった。 |
![]() 大黒の滝 ![]() 第二見晴から見た金洞山 |
一服してから、中間道を西に向かって歩き出した。 右側が山で左側が谷という単純な道を進んで行くと“大黒の滝”が正面に現れた。 落差10mほどだが、立派な滝だ。 “第一見晴”から15分で“第二見晴”に着いた。 昼飯時だし、ここらで飯でも食おう!ビールを片手に西側の景色を眺めた。 金洞山の尾根がノコギリ刃のように映って見えた。 |
![]() 真新しい鉄の階段 |
本来の道が崩壊したため、付け替えたんだろう。 |
![]() 本読み地蔵 ![]() 岩洞を潜る |
その後は、小さなアップダウンが続く単純な道となった。 生い茂った木の葉が、陽差しを遮ってくれるので有難い。 “本読みの僧”を通過し、背丈ほどの岩洞を潜り抜けて行った。 |
![]() 四阿で小休止 ![]() 白雲山 |
直ぐに“四阿”に着いた。 小屋の裏手から山側を仰ぎ見ると、白雲山の岩壁が陽光に輝いていた。 道の駅での案内文のとおり、石門方面の登山道がロープで閉鎖されていた。 |
![]() 大人場へ向かって下って行く |
南の方へ下って、石門群や大砲岩を眺めてみたいが、通行止めなので仕方ない。 ルール違反は以ての外だし、“大人場”に下って妙義神社まで戻ることにした。 |
大人場 |
“大人場”には、小さな広場にトタン板を葺いた古びた小屋が2つ連なっていた。 どう言う訳か?学生時代にアルバイトした大阪・千里の飯場を思い出してしまった。 |
![]() 県道に出た |
水が豊富な沢を渡り、県道に出た。 梅雨の晴れ間を利用したツーリング族が乾いたエンジン音を響かせて往来していた。 俺は彼らの邪魔にならないように、ポクポクと乾いた靴音を発てて狭い歩道を進んで行った。 |
![]() 駐車場まで戻ってきた |
市営駐車場まで戻って靴紐を解くと、靴下が真っ赤に染まり愕然とした。 |