大朝日岳

・期間  2005年8月4日(木)〜5日(金)
・山域  朝日連峰(東北)
・形態  単独・周回コース
・行程  日暮沢→古寺山→大朝日岳→西朝日岳→竜門山→ユーフン山→清太岩山→日暮沢

※ 昨年の飯豊連峰縦走で東北の山の良さを知った。今年の夏山は朝日連峰の縦走を・・・、待てよ!、近くには鳥海山も月山もある。悩みに悩んだ末、大朝日岳の周回コースを選択した。

8/4(木) 晴
 朝日山の家(6:00)→日暮沢(6:50)→ハナヌキ峰(9:40-9:50)→古寺山(11:20-11:30)→大朝日小屋(14:40-14:50)→大朝日岳(15:05-15:15)→大朝日小屋(15:25)
 昨日は、月山を歩き終えて、大井沢の”朝日山の家”にお世話になった。この宿、兎に角、ご飯と言うか、酒の肴が抜群である。岩魚料理のオンパレードに深酒となってしまった。昨夜、宿の奥さんに頼んでおいたオニギリをザックに詰め込んで日暮沢へと車を走らせた。
 日暮沢小屋から根子川の源頭へ向かって林道を暫く歩くと直ぐに厳しい尾根道に変わった。樹林の中、景色も無く風も無く蒸し暑古寺山から大朝日岳を望むい。3日分の食料は思っていたよりも肩に堪える。それよりも昨夜の深酒の所為か?汗の出方が尋常ではない。大朝日岳を目指すには、第一コース=朝日鉱泉、第二コース=古寺鉱泉、第三コース=日暮沢である、このコース人気薄のためか?ここまでは、全くの一人旅である。梅雨明け直後の容赦ない日差しを避けて、急登が一段落したところで朝飯休憩とした。大きなオニギリ2個に鮭の塩焼きと漬物が添えてある。宿の奥さんの心のこもったお弁当をゆっくりと楽しんで長めの休憩を採った。
 腹も落ち着いて再び歩き出すが、どーもペースが上がらない。ハナヌキ峰と思しき眺めのない場所で日陰を選んで小休止、蝉音を聴きながら一服するが、この暑さにはうんざりである。
 古寺鉱泉からの登山道と合流して古寺山への登りに掛かるが、相変わらずのスローペース、それでも急坂を我慢して足を前に出していると子供の声が聞こえ、休憩に丁度良い”三沢清水”の水場に到着した。小学生の子供に「お疲れさん!」と声を掛けられ、付き添いの青年に会釈をされ、隅の日陰で小休止した。聞けば、地元の”少年自然教室”の集まりで小学生30人を引率して古寺鉱泉から弱脚組は古寺山、普通組は小朝日岳、健脚組は大朝日岳を日帰りで往復すると言う。成る程、この子達の肥満度を見るに、古寺山往復で正解である。
 三沢清水から古寺山まで20分と読んで、再び蒸し暑い急坂を歩き出すと程なく広葉樹の樹林が姿を消して低潅木の歩き易い道となり前方の視界が開けた。古寺山の頂上である。
 やや左手前に小朝日岳がこんもりと聳え、正面遠くに大朝日岳がデンと構えている。中々の景色である。しかし、この暑さとバテ気味の身体を引き摺って、あの頂上まで歩かなければならないと思うと、タバコ夕陽を浴びる大朝日小屋に火を付ける元気も失せてしまった。
 登山道はここから一旦下って、小朝日岳の登りに掛かる。途中、少年自然教室の普通組みと擦れ違い、小朝日岳を巻く道を選んで歩くが、バテ気味の身体は脳味噌からの「リズム良く、シャッキと歩きなさい!!」の命令を遂行することができない。軽快とは程遠いダラダラとしたリズムで小朝日岳から道と合流したところで、ザックを放り投げた。呼吸を整えて水を飲み、暫く仰向けになっていると子供達の賑やかな話し声が聴こえて来た。身を起こすと大朝日岳からの稜線を楽しそうに下ってくる少年自然教室の健脚組であった。
 彼らの賑やかな声に元気を貰い、大朝日岳への稜線に取り付いた。登りではあるが、不思議なものでペースが戻ってきた。少年達に感謝である。ハイマツの稜線に出ても相変わらず風は無く蒸し暑さも変わらないが、雲がギラギラの大朝日岳頂上太陽を遮ってくれるため先程よりは歩き易い。軽快なリズムで稜線を辿り、途中”銀玉水”の水場でポリタンを満タンにして、最後の急登を我慢すると大朝日岳が間近に迫り、今日の宿となる大朝日小屋が見えて来た。
 15時前に小屋へ到着、小屋番さんに声を掛けて、一服してから空身で頂上を目指した。小屋を廻り込んで稜線を登って15分、朝日連峰の最高峰である大朝日岳の頂上へ到着した。雲の中で視界はないが、兎も角、目標の頂上に立ったのである。三角点にタッチして赤とんぼの群れが飛び交う中、指導標に抱きついた。
 小屋に戻ると中位の込み具合であった。流石に百名山の賑わい、中高年のパーティが圧倒的に多い。俺も中高年だから何をか言わんだが、これが昨今の山の傾向である。
 夕陽が沈むころ小屋の前へ出てみた。晴れていれば佐渡が日本海に浮かんで見えると言うが、西側に夕陽を背に中岳(右)と相模山の稜線(中央奥)は雲が低く垂れ込めていた。相模山の稜線に沈む太陽を拝んで小屋に戻った。
 この小屋は避難小屋であるが、新築で小奇麗である。しかも、この時期は管理人が常駐していて、寝床の割り振りもしてくれる。俺の寝床は3階に決まった。就寝の準備をして食材とウィスキーをスタッフバックに詰め込んで、1階へ降りて自炊の準備を始めると、管理人が近寄ってきた。「どこからだぁー?」と正真正銘の山形弁、『千葉からです。』と俺、「んーん、そーでなくて何処から登りなさったぁー?」と山形弁、『あぁー、日暮沢です。』と俺、「ほれ、隣の人は以東岳からだってよー」と親父、『へー、凄いなー。』と俺、尽かさず隣の単独女性に向かって『何処からですか?』と俺、「埼玉です。」と彼女、「この時期、千葉、東京、埼玉、神奈川・・・、多いんでなぁー!」と・・・、何処が何処だか?どうでも良い様な会話を肴に、管理人親父が山形弁で笑いながら焼酎を飲み始めた。俺もウィスキーをチビリながら暫く3人で話し込んだ。会話が弾み判明したことは、管理人さんの前職は営林署の職員であったこと、毎年6月から小屋締めの10月までこの小屋を管理していること、そして一番の驚きは当年とって82歳であること、この親父は怪物か??腰も曲がらすシャキッとして足取りも軽い。正にスーパー爺さんであった。
 そして、もう一つの驚きがあった。隣の単独女性は、この大朝日岳で百名山を無事に達成したと言う。家計と仕事のやり繰りで大変だったそうだが、三十年近くを掛けて本日が100座目とのこと、祝福を込めてウィスキーを勧めたが丁重に断られた。『それにしても大朝日岳で百名山達成とは、渋くて格好良過ぎるんじゃーないですか?』と言うと、「そうですね。」と爽やかな笑顔を返してくれた。

8/5(金) 晴
 大朝日小屋(6:00)→西朝日岳(7:30-8:00)→竜門山(8:50-9:00)→ユーフン山(9:40-9:50)→岩太岩山を下った鞍部(10:25-10:45)→日暮沢(12:30-13:30)→大井沢温泉(14:00-15:30)→朝日山の家(16:00)
 余りの暑さで目が醒めると夜中の1時、夏用のシュラフを剥ぎ取り、マットの上で再び眠りに着いた。
 再び目が醒めたのは4時を過ぎていた。団体ツアーの慌しくて騒々しい朝の準備はいつものことだが、俺は6時に出れば十分である。慌てることも無いのでマットの上で団体さんが出掛けるのをやり過ごした。朝の大朝日岳と雪渓
 さー、今日はどうしよう?昨夜の女性の話を聞いて、以東岳まで縦走したくなってしまった。実は、以東岳まで縦走しても大丈夫な様に、ザックには十分過ぎる食料を仕込んである。天気も良さそうだし、『さーどうする?さー・・・』と自分を問い詰めるが、何も此処で結論を出すことはない。竜門山まで行って決めれば良いのである。
 朝の乾いた空気を胸一杯に吸い込んで、先ずは西朝日岳に向けて稜線を歩き出した。途中、”金玉水”で水を補給して、最初のピークである中岳へと登って行った。この当たり、ついこの前まではニッコウキスゲの群落が満開だったそうだが、今は一面に緑の海が広がって白く輝く雪渓がアクセントを添えている。中岳への登りで後ろを振り返ると、大朝日岳が緑の三角錐を大きく青空に突き出して、”これでもかー!!”って叫んでいるように見えた。山の写真で良く見かけるショットを、俺もカメラに収めた。
 中岳の東側を巻いて西朝日岳の下りに掛かると、登山道の脇にも綺麗な高山植物が咲き誇っていた。花寒江山から以東岳へ続く稜線と木の名前は苦手中の苦手、いつまで経っても覚えられないのが情けない。更に下って行くと単独行の女性と擦れ違い、淡い青色の小さな花を指差して「この花の名前、分かります?」と尋ねられた。『スミマセン、花はホンとにダメなんです。』と俺、そして止せば良いのに直ぐ隣の白い花を指して『この花は何んて名前なんでですか?』と俺、彼女は軽蔑笑いを浮かべながら「ハクサンイチゲですよ。」と教えてくれた。最もポピュラーな高山植物なのに、何とも情けない。
 先を急ごう。中岳から一旦下ると西朝日岳への登りになる。下から見ると、結構急な登りだが実際登ってみると何てことはない。身体は正直なもので、余裕が有る時はキツイ登りでも難なく歩けるものである。7時30分に西朝日岳の頂上へ到着して長い休憩を採ることにした。直ぐ近くには”袖朝日岳”の三角錘が聳え、北側には大上戸山から相模山のスカイラインが緑色の綺麗な曲線を描いている。更に北側へ目を向けると、寒江山から以東岳への朝日連峰の主稜ユーフン山の彼方の月山線が遠くまで続いている。また、少し東へ目を移すと、2日前に登った月山がなだらかな大きな裾野を薄く広げている。花の名前を知らなくたって構わない。この景色を拝めれば、それで良いのである。
 西朝日岳からは緩やかな稜線歩きとなる。しかし、この暑さは耐えがたい。今日も無風、ギラギラの日差しが容赦なく襲ってくる。ハイマツ帯なので逃げ場もない。ダクダクの汗を掻きながら竜門山へ到着した。主稜線と日暮沢への分岐の指導標の前に腰掛けてタバコを一服、この先の行く末、いや今日の行動を決める時が来た。地図を睨む。このまま北へ進んで以東小屋で1泊、また戻って日暮沢小屋で1泊するか、それともこのまま下って鳥海山の山麓まで移動するか、以東岳まで片道5時間、日暮沢まで下りで3時間、んーん・・どうしたものか??
 以東岳への魅力は捨てがたかったが、負け犬を選んでしまった。背中を後押したのは直ぐ後からやって来た中高年の3人パーティであった。「日暮沢へのタクシーは、何処で呼ぼうか?」、「ユーフンの先で丁度良いんじゃない!」、「そうだなー、大井沢で温泉に入っても姥沢の宿には夕方前に着くよなー。」、「明日は月山かー!、この山より楽だよね。」・・・、中高年パーティの会話を耳にしたばっかりに、弱虫が足先から頭の中に入り込んできた。昨夜の百名山女性、小屋の爺さん、”朝日山の家”の奥さんの顔が脳裏を過ぎった。
 ヤーメタ・・・、俺も日暮沢へ降りよっと・・・、昼には日暮沢に到着、大井沢の温泉で汗を流しても鳥海山の鉾立山荘には夕方までに着ける。そー、山形シリーズが今回の目的である。以東岳まで行かなくてもユーフン山から竜門山朝日連峰のミニ縦走が出来たんだから、それで良しとしよう・・・、いつもの安楽な考えがムクムクと脳味噌を支配してしまった。そうと決まれば行動は早い。温泉!お蕎麦!温泉!お蕎麦!を繰り返しながら、ユーフン山へ下っていった。
 下ると決まったら、兎に角下るだけである。ユーフン山を登り返して、また下り清太岩山を登り返してまた下る。炎天下、下る下るの一辺倒で飽きてきた頃、適当なな間隔で登山者と擦れ違った。木陰で休み、また下る。周りの樹相がブナとミズナラの大木に変わると、この尾根唯一の水場に到着した。広場では登り客らしい若いカップルが休んでいた。水場へ降りようとする俺に「水は枯れてますよ。水?大丈夫ですか?」と声を掛けてきた。『えーー、余るほど背負ってますが、新鮮な水に入れ替えようと思ってねー。』、「ここまで3時間も掛かったんですが、清太岩山はまだ先ですか?」と彼、『んーん、あと1ピッチ半ってとこかな?』と俺、「そんなに有るんですか?でも、夕方まで竜門小屋へ着ければ朝日山の家良いよね。○○ちゃん・・!」と彼女・・・、見れば大きなザックを背負って足元もしっかりしているので、初心者の素人ではないことは判る。二人に、『頑張れ!ラブラブで良かったね。』の掛け声を飲み込んで、稜線を登って行く彼等を見送った。
 ブナとミズナラの大木を縫うように登山道は下って行く。右手に2日前に登った尾根が見えてくると、根子川の沢音も近くなり、檜の人工林が左手下方に見えて来た。
 日暮沢小屋へ到着して今回の山行を終えた。誰も居ない小屋の前で全裸になり、滔々と流れる沢水にタオルを濡らして全身を拭く。冷たい感触に身体中の毛穴が敏感に反応する。車へ戻ってサッパリした衣に着替えて昼飯を作った。いつものインスタントラーメンである。ザックに残った2日分の食料とウィスキーを別の袋に詰め替えたとき、以東岳までの縦走を諦めた後悔がムクムクを沸いて来た。
 『まーー、良いか。』、いつもの言葉を繰り返して、大井沢温泉へ車を走らせた。温泉に浸かってビールを飲み、広間でゴロンとしていると、又もや軟弱な本能がムキムキと顔を出して来た。『鳥海山まで移動するのって面倒くさいなー!、今夜もあの宿にお邪魔しようかなー!!、そうだ奥さんに電話してみよう。』・・・、岩魚のオンパレード、料理上手な女将さん、山と渓流に長けた旦那さん、銘酒「月山」の冷えた一杯を思うと居ても経っても居られなくなった。車の進路を北へ向けて今夜の目的地である”朝日山の家”を目指した。

                   山形シリーズ「月山」           山形シリーズ「鳥海山」

朝日連峰の花々(写真をクリックすると拡大します。名前は判りません)