滝子山
・期間 2012年11月3日(土)
・山域 山梨県・笹子、初狩
・形態 単独・縦走
・行程 JR笹子駅→道証地蔵→しみ沢→滝子山→桧平→JR初狩駅
※ 晴れの特異日「文化の日」。秋本番の澄み切った青空のもと、甲斐の滝子山を一人で歩いた。
11/3(土)晴れ
JR笹子駅(9:10)→道証地蔵(10:10-10:20)→??滝(11:10-11:20)→鎮西ケ池(白縫神社)(12:20-12:30)→滝子山(12:40-13:20)→桧平(13:50)→尾根分岐(14:10-14:20)→林道終点(15:00-15:10)→JR初狩駅(15:55)
| 今年の紅葉は例年に比べて遅いと言う。 11月に入ったことだし、甲斐の大月辺りの山なら最盛期に違いない。 天気予報は晴れマーク。紅や黄に染まった木々の中、滝子山へ登ろう! |
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![]() JR笹子駅 |
大月周辺の山に登るときは、JRのホリディパスのお世話になっている。 何故かと言うと、首都圏の東の端(千葉)から西の端(大月)まで移動でき、しかも最長区間の正規料金と比較すると半額以下と言うお得感一杯の切符だからである。 今回もこの切符を手に、チョッと贅沢して千葉発の特急「あずさ」に乗車した。 時刻は9時。この時間でも笹子駅には数十人のハイキング客が降り立った。 |
![]() 笹一酒造 |
駅前から国道20号を東京方面に歩き出すと、笹一酒造と言う造り酒屋が見えてきた。 この会社、商品の日本酒より「世界一大きな太鼓」が有名との噂がある。 営業前であったが、名物の大太鼓が道路脇の倉庫の中に鎮座していた。 |
![]() 稲村神社の案内板 |
吉久保入口のバス停から左に折れて集落の中を歩いて行くと、神社の角に面白い案内板が掲げてあった。 中央には滝子山が描かれており、登山者が迷わないために取り付けた案内板なんだろうけど、何とも抽象的な絵柄ゆえに、どの方向へ進んだらいいのか、暫し考えてしまった。 |
![]() 正面に滝子山が見えてきた ![]() 中央高速はガラガラ状態(甲府方面) |
神社の角を左に折れて更に歩いて行くと、正面に滝子山が見えてきた。 山全体がオレンジに染まり、紅葉真っ盛りの様相を呈していた。 中央高速の跨道橋の真ん中から、混雑具合を確認すると、上下線ともにスムースに流れていた。(相模湖辺りは大混雑なんだろうけど・・・) |
![]() 田通之婆神 |
中央高速を渡ると人家も消えて、杉林の中にアスファルトの道が延びていた。 暫く歩くと、道端に風変わりな柱が建っていた。 毒々しい深紅色の木柱には、白いペンキで「田通之婆神」と書いてある。同祖神の部類と見たが、何ともおどろおどろしい妖怪めいた名前に思わず合掌してしまった。 |
![]() 道証地蔵 |
1時間ほどで「道証地蔵」に着いた。 こちらは正真正銘の同祖神(仏)である。この道は江戸の時代までは甲州街道の裏道で、このお地蔵さんは旅行く人々の安全祈願とともに、一里塚的な役割を果たしていたと言う。 成程、台座(仏教では「基壇」と言う)は新しいが、本体は風化して丸みを帯び、歴史を感じる代物であった。 |
![]() 橋を渡る ![]() ブナやナラの林を行く |
「すみ沢」の渓流に掛かる木橋を渡って、ヒノキの林を登って行った。 程なくして、ブナやナラの混在した樹相に変わると気分がどんどん高揚してくる。 整然とした人工林より、雑然とした自然林の方が、断然に好きだ。 |
![]() 三丈の滝 ![]() すみ沢の清流 |
渓流を何度か渡り返して、徐々に高度を上げて行った。 「すみ沢」の魅力はこの辺りが本番だ。岩間を流れる清流、大きな段差を一気に落下する水飛沫。幾つもの小滝が次々と姿を現して、マイナスイオンをたっぷりと放出していた。 この山の名前は、この「小滝」に由来しているのかなー?「小滝→子滝→滝子」と変化したのだろうか?・・・。ボンクラ頭で勝手に想像してしまう俺であった。 |
![]() 紅葉の具合は? ![]() 作業小屋跡 |
紅葉度は8分と言ったところか? 突然、前方にトタン屋根が見えてきた。作業小屋らしい。廃屋と見たが、何とも寂しい風景であった。 |
![]() 大谷ケ丸との分岐 |
登山道は、沢を左に見て右へ大きく回り込んでいた。 突然、木々が開けて「大谷ケ丸」との分岐に着いた。 休憩に持って来いの場所だが、大勢のハイカーが休んでいるので、ノンストップで先に進んだ。 |
![]() 防火帯の真ん中を登る |
登山道は防火帯の真ん中を延びていた。 色付いた落葉樹が、青空に枝葉を大きく広げている。 何とも気持の良い風景であった。 |
![]() 白縫神社(右側に鎮西ケ池がある) |
「鎮西ケ池」に着いた。 池と言うか、小さな水溜りと言った感じである。 傍には、「白縫神社」が建っていた。謂れでは、「保元の乱」で平氏に敗れた「鎮西八郎(源為朝)」の妻である「白縫姫」が、その子や家臣とともに、京の都から此の地まで逃げ延びて、池を掘って隠れ家とした。・・・とのことであり、池を「鎮西ケ池」、神社を「白縫神社」と称すると言う。 洋の東西を問わず、歴史は勝者の生き様を綴ったものである。勝者が全て正しいとは思わないが、この様な山中にも「京の香り」と「敗者の歴史」が残っていることに、何か感動してしまった。 そんなどうでも良いことに感動する暇があったら先に進みなさい! 一服している間に何人もの登山者が通過して行った。 |
![]() 富士山は雲に隠れていた。 ![]() カツ弁を食す ![]() 大谷ケ丸(左手前)と雁が腹摺山(右奥) |
「鎮西ケ池」から10分で滝子山の山頂へ着いた。 丁度、昼飯時である。狭い山頂は先客が多くて座る場所もない。 仕方ないので「寂ショウ尾根」の入口まで移動して腰を降ろした。 今日の昼飯は「駅弁+ビール」だ。 JR千葉駅で「とんかつ弁当」をホームの売店で買い求めてザックに仕込んできたのである。 千葉の住人なら知らないとは言わせないこの名物弁当を、この山のテッペンで食すことが、この山旅のもう一つの目的であった。 白飯の上に中濃ソースの利いた薄いトンカツを載せ、筍の煮付けと昆布の佃煮を添えた極めてシンプルな組み合わせだが、これが非常に味わいのある弁当なのである。 製造・販売元の「万葉軒」さんの宣伝をするつもりはないが、千葉に来た際には、是非とも買い求めて食して欲しい。(1コインでお釣りがくる値段で何とも言えない幸福感に浸ることができますよ。) 弁当の話になってしまったので、山に目を向けよう。 お目当ての富士山は逆光の中、白々と映って残念だが、北側の眺めは素晴らしかった。 茶色く染まった「大谷ケ丸」。その奥には「黒岳」と「雁ケ腹摺山」が秋の日差しを浴びてくっきりと見える。 富士山がダメでも他の山がある。もう一つのご褒美をもらった感じである。 |
![]() ナラの林を下って行く |
登ってくる人が絶えず、山頂は益々混雑してきた。 ビールも飲んだし、弁当も食べたし、山の景色も楽しんだし、そろそろ下山しよう! 人を掻き分けて山頂を後にした。 帰りは「桧平」経由で初狩駅まで歩くことにしよう。 |
![]() 桧平 |
男坂の急坂を下り、「桧平」まで降りてきた。 陽は未だ高い。膝に負担がないようにゆっくりと下ろう。 |
![]() 尾根の分岐 |
尾根を忠実に辿っていた下山道は、東側の沢へ向けて一気に急降下していた。 |
![]() 国道から眺めた滝子山 |
林道の出合で一服して、藤沢集落を抜けて国道に出た。 橋の上からは、滝子山が残照に浮かんで見えた。 |
![]() JR初狩駅 |
初狩駅前のコンビニで、キリン一番搾りのロング缶とビーフジャーキーを買って駅に向かった。 駅前には立派なカメラを抱えた大勢の男子が右往左往していた。JRの職員も気忙しそうに動き回っている。 この男子が世に言う「鉄ちゃん」だ。(鉄道命の若者) 何のイベントだろう? 鉄道関係には何の興味もない俺でも、彼らの空気に触れて「なんだ、なんだ!、どうした!!」と思わず荒い鼻息を吹き出してしまった。 |
![]() 電気機関車が2両並んでいた |
駅の改札を入って謎が解けた。 引き込み線には、○○系××型の電気機関車が並んでいた。 何ーんだ。この電車の撮影会か。俺も真似しよーっと!。粗末なカメラを電車に向けた。 甲府方面から電車が滑り込んできた。 駅員が盛んにアナウンスしている。「○番線に停車中の列車は団体専用です。一般のお客様はご乗車になれません。」 鉄ちゃんが次々と乗り込んで行った。車内には昔の列車の案内板(行先標?)やJRのポスターが飾り付けてある。 鉄ちゃん達は、それらを満足そうに眺めたり、自分の撮った写真を見え合っている。 「彼らに、日本の将来を託して大丈夫なんだろうか?」、余計な心配をする壮年真っただ中の俺であった。 |
![]() 新宿行きの「スーパーあずさ」と残照に映える滝子山 |
「スーパーあずさ」が新宿へ向けて疾走して行った。 この次には、俺の乗る普通電車が来るはずである。 残照を浴びた滝子山を眺めながら、缶ビール片手にジャーキーでも齧って、ゆっくりと待つことにしよう。 |