釈迦ヶ岳・黒岳

・期間  2008年5月4日(日)
・山域  御坂山塊(山梨県)
・形態  単独・ピストン
・行程  日向坂峠→釈迦ヶ岳→日向坂峠→黒岳→日向坂峠

※ 甲府盆地と富士五湖を隔てる標高1700m程の山々が御坂山塊である。富士山と南アルプスの展望、そして富士五湖を眼下に、春山を楽しもうと言う魂胆で、先ずは釈迦ヶ岳と黒岳に挑んだ。
 

 釈迦ヶ岳(1641m)=甲府盆地の一宮御坂あたりから南側の山々を眺めると、鋭い三角形の形をしたひときわ目立つ山がある。その立派な山に何時の日か登ってみよう!と、思っていた。

 
             釈迦ヶ岳
5/4(日)晴れ
 日向坂峠(8:00)→府駒山(8:25)→釈迦ヶ岳(8:50-9:10)→府駒山(9:30)日向坂峠(9:50)
 ゴールデンウィークの真っ只中、夜明け前に家を出たお陰で一宮御坂ICを予定より早く降りてしまった。ラ日向坂峠ジオでは相模湖10キロ、元八王子10キロの渋滞を伝えている。ざまー見ろ、早起きは三文以上の貴重な時間を得るのである。
 桃畑が一面に広がる丘陵を芦川村(現:笛吹市芦川町)へ向けて快適なスピードで飛ばして行った。空は高曇だが視界は良く、車窓からは春の澄んだ空気が飛び込んでくる。春山の気持ち良さは新芽の緑と、心地よい空気の匂いである。
 林道をナビに導かれて走って行くと、8時前に日向坂峠へ到着した。この木々の間から釈迦ヶ岳峠、駐車場はないが、車を片側に寄せれば通行の邪魔にならずに済む。既に先客が3台、縦列に止まっていた。
 身支度を整えて、”釈迦ヶ岳”と書かれた指導標の方向に歩き出した。空にはいつの間にか太陽が顔を出し「今日はキッチリと仕事をしまっせー!!」と言っている。ミズナラの林が緩やかに続き木々の間から尖った釈迦ヶ岳のピークが見えてきた。
 釈迦ヶ岳まで、山と呼べる頂は府駒山だけである。しかし、山名釈迦ヶ岳の頂上(富士山は雲の中)標が無ければ気付かずに通過してしまうほど地味過ぎる存在であった。その府駒山から一旦下って、ロープの垂れ下がった岩を登り一気に高度を上げて行くと、微かに人の話し声が聞こえてきた。峠に停めてあった先客だろうが、きっと360度の展望を楽しんでいるに違いない。
 直ぐに釈迦ヶ岳の頂上へ着い甲府盆地た。話し声の発信源は中年夫婦とその息子であった。この頂は、確かに360度の見渡しであるが、肝心の富士山が雲に隠れて全く見えない。でも、北側に目を転ずれば、甲府盆地の向こうに雪を頂いた南アルプスの峰々、深い緑の奥秩父の山並み、遥かに北アルプスまでもが目に飛び込んできた。まー、50点の出来栄えってところか?富士が見えずに−30点、八ヶ岳が見えずに−20点と判定した。
 風も無く、しっとりとした空気が美味しい。ゆっくりとしていたいが、そうもいかない。日向坂峠まで戻って反対側の黒岳を登るのだ。先客が去った後のたった一人の頂で、一服してから来た道を下って行った。


ミズナラが見事な尾根道

頂上のお地蔵さんは甲府盆地を見下ろしていた


 黒岳(1792m)=御坂山塊の最高峰、河口湖側から見ると”どっしりとして丸くて、黒々した山”である。黒い山だから黒岳?、当たり前かなー?。

                      黒 岳
5/4(日)晴れ
日向坂峠(10:10)→黒岳(11:20)→展望台(11:25-11:35)→黒岳(11:40-12:15)→日向坂峠(13:10)
 日向坂峠へ戻ってくると、車の数は10台程度に増えていた。釈迦ヶ岳からの下りで擦れ違ったのは、3人日向坂峠の指導標パーテーだけなので、この車の持ち主は殆ど黒岳へ向かったことになる。
 愛車のハッチを開けて、昼飯道具をザックに詰め込んだ。今から登れば黒岳のテッペンで丁度昼飯時、富士山を眺めながらオニギリとラーメンの定番昼食を味わおうと言う魂胆である。
 登山道は良く踏まれた道で歩き易い。ここにも釈迦ヶ岳と同じようにミズナラの林が広がっていた。乾いた落ち葉を踏みながらサクサクと音を発てて登って行くと、釈迦ヶ岳とは違う悪相に出く盗掘の跡わした。何と!、道の両脇は穴ぼこだらけで、何かを掘り返した跡が幾つも残っている。最初は、鹿か猪が掘り返した跡かと思ったが、丸くて深い穴ぼこを見ると、どーも、誰かが何かを盗掘した痕跡のようである。”山は有るがままに”を実践する俺としては、この犯罪行為に怒りが沸いてきた。
 ガッカリしながら黙々と歩可愛い小鳥が目の前に現れたいていると、登山道の両脇にはカタクリの花が目立ち始めてきた。そして、名も知らぬ小さな青い花。突然、小鳥が前を横切り、何と道の真ん中で羽を休めたのである。警戒心の無い小鳥の振る舞いに、思わず手を差し伸べたくなってしまった。
 登山道は急な登りに変わった。山なんだから当然であるが、結構な傾斜がずっと上まで続いている。荷物も軽いし、体力もまだまだ十分だし、余裕で登って行けた。
 急傾斜を20分ほど我慢すると、平坦な尾根に出た。丁度、御坂山方面からの合流点で、右に折れると直ぐに黒岳の頂上へ到着した。
 平坦な広場の真ん中に三角点と指導柱があり、この場所がテッペンだと主張しているのだが、周りの木々が視界を遮っており、御坂山塊の最高峰にしては、かなり地味である。何とも勿体ない気もするが、”山は有る黒岳頂上がまま”なんだから仕方がない。ガイドブックでは、南へ進むと富士山の展望台が有ると書いてあるので、休憩なしで富士山を拝みに向かった。
 展望台は直ぐ傍にあった。成るほど、目の前の視界は大きく広がっている。しかし、肝心の富士山は雲の中にお隠れになっている。それでも、河口湖、青木が原、大室山、明日に向かう節刀ヶ岳から王岳への稜線が見渡せるので、50点の展望で我慢しよう。
 展望台では、数組のパーティが昼飯を広げていた。ゆっくり休む場所もないので、頂上まで引き返して昼飯を作ることにした。
 富士山は雲の中、河口湖が大きく見えた広場の片隅でラーメンをすすっていると、関西訛りの初老のパーティが登って来た。関西人特有のおしゃべりで、この静けさがぶち壊されるものと覚悟していたが、流石に年を重ねているだけあって、そんな事は無く、紳士的な振る舞いであった。反対側の隅では、単独者がアマチュア無線で下界の誰かと交信している。山のてっぺんで何をしゃべっても構わないが、どうか邪魔にならない程度のボリュームでお願いしますね。
 時間はたっぷり残っているが、飯も食い終わったので下山することにした。関西パーティに軽く挨拶し、アマチュア無線家に黙礼して、来た道を下っていった。
 下り始めて10分、下から20人程の集団が登って来た。丁度、最後の急な登りが続く場所で、その団体と擦れ違った。こちらは単独なので、マナーどおりに道を避けて彼らが通り過ぎるのを待節刀ヶ岳から王岳への稜線っていた。先頭の男性が「スミマセン」と声を掛けて登って行った。俺も『コンニチワ』を返した。二番目の中年女性も「スミマセンねー」と声を掛けて来た。俺は『・・・』。すると、この女性からムカッとする言葉が返って来た。「まったくもー、こっちは辛いのを我慢して挨拶してるんだから、返事ぐらいしても良いのにねー。マナーも知らないのかしら、失礼ねー!」。俺は、そのババーを追い駆けて行って、文句を言いたくなった。
 俺の言い分はこうである。『そんなに、辛いならしゃべりを止めて黙って歩け!。俺はリーダーにきっちりと挨拶をしたじゃないか。貴女にも聞こえたでしょ!。山での挨拶は不可欠だと思っている初心者も多いが、パーティの場合はリーダーが代表して挨拶をすれば、後続が無言で擦れ違っても無礼には当たらないのである。しかも、こっちだって、こんな大集団の一人一人に挨拶するなんて、くたびれるし。そもそも、マナー知らずは、お前らだろ!。20人を越す集団が一塊で登ってくるなんて、リーダーは何を考えているんだ。他の登山者に迷惑を掛けないように、何組かに分けて、間を空けて歩くのが当然じゃないか!。』
 この団体、全員が中高年で男女比は半々であった。多勢に無勢だし、馬鹿な奴らに正論を言っても始まらない。気分が静まるまでに少しの時間を要しそうなので、休憩することにした。団体で行動する皆さん、山では団体優先制度は有りませんからね!!
 途中、何人かの登山者と擦れ違ったが、勿論お互いの挨拶は欠かさなかった。
 日向坂峠へは、予定より早く降りてしまった。汗の渇きを待って車に乗り込み、今夜の宿となる西湖のキャンプ場へ向かった。


カタクリの花

青い小さな花(花の名は苦手である)
                 
西湖のキャンプ場へ続く   十二ヶ岳・鬼ヶ岳へ続く