笹子雁ケ腹摺山
・期間 2010年3月14日(日)
・山域 笹子山塊(山梨県)
・形態 単独・縦走
・行程 JR笹子駅→笹子雁ケ腹摺山→米沢山→お坊山→大鹿峠→JR甲斐大和駅
※ 甲斐と大月の分水嶺である笹子山塊、長いトンネルをドーンと抜けて容易く甲府盆地に入ってしまうが、往時の笹子峠は難所中の難所であったという。その山々を笹子駅から甲斐大和へ一人で歩いた。
3/14(日)晴れ
JR笹子駅(8:00)→追分(8:40)→笹子雁ケ腹摺山(10:30-10:50)→米沢山(12:00-12:15)→お坊山(13:05-13:20)→大鹿峠(13:45-13:55)→JR甲斐大和駅(15:15)
笹子トンネルを抜けて甲府盆地に入ると、正面に北岳3兄弟がデーンって感じで飛び込んでくる。この景色、山好きな人にはゾク
ゾクすること間違いなし。俺も思わずこの峰々を眺めてしまうのである。
そんな訳で、笹子越えはいつも車か電車であった。しかし今度は違う。歩いて越えるのである。笹子駅から甲斐大和駅まで単に笹子峠を越えるのではなく、その北側に連なる”笹子雁ケ腹摺山”から”お坊山”まで歩き、雪の富士山や大菩薩嶺のスカイラインを眺めようという魂胆である。なめんなよー!って言いたいが、普通の山ヤなら誰でも考えるコースかー?
甲斐大和駅の直ぐ傍に甲州市の甲斐大和総合支所がある。大きな声では言えないが、ここの駐車場を拝借す
ることにした。厳密にはルール違反かなー?。でも待てよ!今日は日曜日だし、観光会館も併設されてるし、俺も一応は観光客だし、帰りは地元の温泉でキッチリと金を落とすし、自分なりの言い訳で納得して隅っこに愛車を駐車した。
甲斐大和駅から7時51分発の上り電車に乗り笹子トンネルを抜けて笹子駅で下車した。電車ならたった5分の距離を6時間以上も掛けて歩くんだから、山嫌いの人が聞いたら馬鹿馬鹿しく思えるだろう。しかし、そこが山ヤの性、本能又はやるせなさであって、こればかりはどうにも説明が付かない。
笹子駅を降りて、国道20号を笹子峠方向に黙々と歩いて行った。天気は上々で
風も無く暖かい最高の山日和なのだが、この車道歩きは結構つらいものがある。それに、ザックを背負って歩くのは、俺一人。この辺では”滝子山”がメジャーな山、皆んなそっち方面なのかなー?なんて考えていると、正面に雪を被った笹子の峰々が見えて、俄然、やる気が出てきた。
国道が大きく右にカーブした左手に登山口があった。追分集落を左に見送って杉林の中に突入する。登山口にはクマ出没注意の看板、いつものことだが何となく嫌な気分になる。(この数時間後に、嫌な気分が的中してしまうとは思ってもいなかった。)
暫くは杉林の中をジグザクに登って行っ
た。登山道には雪が薄く残っているが、陽の当たる尾根に出ると乾いた道になった。送電鉄塔の建つ尾根から先はミズナラの自然林に変わり、所々にブナも見えてくる。杉の人工林とは全く違う爽やかな空気に浸って順調に高度を稼いで行った。
1時間ほど歩いた小ピークで小休止した。倒木に腰掛けて一服する。誰も居ない一人の山、鳥の囀りもなく、本当に静かである。木々の密度が濃くて前方の笹子雁ケ腹摺山は見えない。
小
ピークから一旦下ると、木々の間から笹子雁ケ腹摺山のピラミダルな姿が見えてきた。高度差にして150m?ってところか。
鞍部に降りてからは、一気の急登である。歩く分だけ高度が稼げるし、手っ取り早くて良い。20分ほど我慢していると電波反射板の下に出た。昨秋、”本社ケ丸”へ登った時に見えた反射板である。あの時は、正に鏡のように輝いていたが、ここから見ると禿げていて
精彩がなかった。
反射板から一登りで笹子雁ケ腹摺山の頂上へ到着した。狭い山頂は雪が一面に残っているが、靴が埋まる程度で何のことは無い。先客が一人、展望を楽しんでいた。今日始めて出逢う登山者である。軽く会釈して隅っこに腰掛けて四周を眺めた。富士山は勿論、大菩薩の稜線、南アルプス、八ヶ岳がくっきりと見渡せた。
先客の壮年男性が縦走路を下って行った。また一人になった。この山頂は俺一人のものである。
たっぷりと景色を楽しんでから、ザックを背負って北側の縦走路へ足を
踏み入れた。歩き出しだから行き成りの急傾斜を降って行く。それに先程とうは打って変わって、積雪が多く所々で膝上まで潜ってしまう。地味ながら雪山気分でドンドン高度を下げて行った。
前方に凸状のピークが4つ並んでいた。縦走路なんだから、上り下りの繰り返しは当たり前だが、それにしても急過ぎじゃないー。一つ目のピークが米沢山で二つ目がお坊山、三つ目が東峰で四つ目は大鹿山・・?
そんな事を思い描きながら、最初の鞍部まで下ってきた。振り返ると笹子雁ケ腹摺山があんなに高く聳えている。んーん、どうしたものか?こんなに下ってしまって、また同じ分だけ登る。それを4回も繰り返すなんて、山を知らない人なら、何やってんだろ
うかねー?・・って、軽蔑の眼差しを向けるに決まっているのだが、そこは山ヤしか理解できない楽しみなのである。むふふ。
米沢山への急な登りが始まった。所々に鎖の張ってある急斜面を登り、縦走路は忠実に尾根を辿って伸びていた。傾斜も緩くなり、木々の間から見える青空の面積が大きくなってくると、米沢山の看板が見えてきた。
ここの山頂は展望も無く地味である。俺も地味ーーに腰掛けて、地味ーーにタバコを吹かしていると、反対側から中年男女が登ってきた。ここで普通なら”中年夫婦”と書くのだが、なぜ”中年男女”とするかには訳がある。お互いに”○○さん”と苗字で呼んでいるからで、山では決して珍しいことではないが、怪しい視線を投げ掛けてしまう俺であった。
すると女性から嫌な情報が発せられた。「熊を見てしまいました。この先の登山道から大和側の沢です。離れていたから良かったけど、気を
付けて下さいね。」と彼女、「へー!熊ですか、何本目の沢ですか?」と平静を装うが、心臓はバクバクしている。「すれ違った単独の人が、登山道の直ぐ脇で真新しい熊の足跡を見せてくれたんです。」(質問の回答になってないよ。笹子雁ケ腹摺山で逢った単独親父だなー。)「大和側の沢ですよねー?」(俺も同じことを聞いてどうする!)、すると男性から「ここから3本目の沢かなー?、お坊山の手前ですよ。」(流石にポイントを得ている。)「ありがとうございました。気を付けて行ってみます。」と言ってはみたものの、何を気を付けるのか?具体的な方法は無い。♪或る日、森の中、熊さんに出逢った!♪なんて童謡”森の熊さん”みたいなシーンは真っ平御免である。二人が熊を目撃した沢は、俺が下山する尾根の手前である。(聞かなけりゃ良かった。)
そうは言ってもここまで来たんだから行くしかない。ザックには鈴を付けてあるが、ビビリ屋の俺はラジオを
取り出してスイッチをONにした。30分程歩くと、登山道の左側に真新しい熊の足跡らしきもの(赤い円内)を見つけた。あの親父が二人に教えた足跡だろうか?いずれにしても気持ち良いものではない。しかし、冷静に考えれば、様々な動物が暮すエリアに我々が入っていくんだから、動物達だって迷惑に違いない。そもそも山は動物達の領域である。
熊に怯えながらではあっ
たが、都合三つのピークを無事に越えてお坊山の頂上に到着した。ここも静かなピークであるが、木々の間からは大菩薩嶺がくっきりと浮かんでいた。大菩薩も良いねー!いつかは、あそこから南へ続く稜線をテント担いで歩こうかなー!
休憩も程々に大鹿峠へ向けて歩き出した。直ぐに立派な”大鹿峠”と書かれた緑の道標は”真っ直ぐ行け”を指示しているが、トレースは右側(東峰方向)に伸びていた。ネット仲間であるT氏が迷った場所である。T氏の忠告どおりに右に下ってゆくと、直ぐに立派な指導標があり、左折を指していた。
大鹿峠へはグングン降って行った
。こんなに降るんだから、山は地味でも稜線は起伏に富んでいて、やっぱり山は山である。(当たり前のことを言ってる。)
降りきった鞍部が大鹿峠であった。ベンチで小休止、煎餅を齧りタバコを吹かした。先程まで、熊に怯えていた自分が恥ずかしくなってきた。熊だ
って人間が怖いのである。動物は須らく人間を恐れているのである。突然のバッティングが事故に繋がるのであって、人間が此処に居ますよーー!・・って、鈴やラジオで知らせてあげれば、獣は避けてくれるのである。
そう言うことは、本などで十分勉強済みなのだが、実際のところ熊情報は良い気持ちではない。
まー、何でも良いが、この尾根を降って甲斐大和駅まで帰らなければならない。降りは苦手なので、しっかりゆっくりと歩き出した。楢の自然林から杉の人工林に変わると、雪もすっかりと消えて乾いた道になった。
ここの尾根、送電鉄塔に沿って降って行く。人工林になれば熊の心配も無い。
直ぐに家並みが見えてきた。田野集落である。或る民家の庭が登山道になっていた。自分の庭が登山道だなんて、何と大らか民家なんだろうか。多くの登山客が自分の家の玄関前を横切って行くのである。俺は帽子を脱ぎ、母屋の玄関に挨拶してからアスファルトの道を甲斐大和駅へ降って行った。
![]() 歩いた稜線を振り返る |
![]() 甲斐大和駅 |