奥秩父縦走
・期間 2002年 4月30日(月)〜5月2日(水)
・山域 金峰山・甲武信岳(奥秩父)
・形態 単独・小屋泊・テント泊 縦走
・行程 瑞牆山荘→金峰山→両門の頭と富士見の中間付近→甲武信岳→西沢渓谷
※奥秩父全山を西から東へ4泊で単独幕営縦走する予定だったが、アクシデントに見舞われて、志半ばで敗退となった。
4/30 曇
自宅(5:30)→瑞牆山荘(11:00)→富士見平(11:50-12:30)→大日小屋(13:30-13:40)→金峰山小屋(16:20)
早朝、女房に見送られて、千葉から特急”あずさ”の電車人となる。韮崎駅で下車して、登山口の瑞牆山荘まで小型バスに揺られたが、今年は春の訪れが早く、車窓から眺める里山の景色も青々としている。
天気は曇り、金山平から見えるはずの瑞牆・金峰の山並みは厚い雲に覆われていた。瑞牆山荘前のバス停で身支度を整え、1ピッチ登った富士見平で昼食を採り、大日小屋を経由して稜線に出た。この周りから雪が残っているがアイゼンは不要、それよりも、踏み抜きに細心の注意を払わなければならない。先人の靴跡を忠実に辿っても、イキなり股までズボッと潜ってしまう。このままだと小屋までどれ位掛かるんだろうか。腐った雪に苦労したが、何とか予定どおり金峰山小屋に到着した。
今夜は贅沢して小屋泊、客は10人ほど、ゴールデンウィークの狭間を狙ったのが大正解だった。日暮れ時に窓を覗くと暗雲が一瞬切れて、瑞牆山の岩峰が水墨画のような素晴らしい濃淡の景色を見せていた。
5/1 曇
金峰山小屋(5:30)→金峰山頂(6:00-9:10)→大弛峠(9:00-9:30)→国師岳(11:00-11:10)→東梓(14:00-14:15)→両門の頭(15:00-15:10)→富士見手前の鞍部(15:50)
朝起きるとガスが掛かっている。予報だと今日も曇りの一日で、明日からは晴れに転ずるとのことであった。小屋の食
堂からは、みそ汁の良い臭いが漂ってくる。私はカロリーメイトとコーヒーの朝食を採る。同じルートを行く単独者を先に見送り、重い荷物を背負って金峰山頂を目指した。30分ほどで山頂(写真:←)に到着したが相変わらず視界はゼロ、指導標にザックを立て掛けてカメラに納めた。
頂上の岩稜から樹林の中へのトレースはしっかり付いているが、腐った雪に足を取られる。朝日岳を過ぎ、大弛峠まで3時間も掛かってしまった。重荷のためか?シャリバテなのか?どーも、ペースが上がらない。大弛小屋のベンチで長めの休憩を採り、ポリタンの水を満タンにして国師岳への稜線を登って行った。国師岳山頂で甲武信岳から来た単独行と情報交換をして「このペースでも甲武信岳には、夕方まで何とか着けるだろう・・・」と甘く見ていた。再び樹林帯に潜入、下りなのにやたらと喉が渇き動悸が激しくなる。いつもの調子が出ない、何かが狂っている。短めのピッチで休みを採り、水を飲み食べ物を口に放り込むが、喉を通らずに吐き出してしまった。その内、胃がキリキリと痛み出し、シャリバテの兆候が明らかとなってきた時には既に手遅れであった。腹に力が入らないため、腐れ雪に足を掬われ何度も転倒してしまう。途中、何組かのパーティをすれ違うが、挨拶も億劫になってきた。
”両門の頭”で15時、右膝も痛み出してきた。こうなったら無理しても仕方ない。日没までに適当な場所を見つけてビバークすることにした。重い荷物、胃の痛み、右膝痛の三重苦を背負って薄暗い樹林の道をトボトボと進んだ。
15時50分、登山道脇の倒木の間にテント1張分のスペースを見つけた。地図を確認すると”富士見”の少し手前である。テントを張り終え、倒木に腰掛けてタバコに火を付ける。小鳥の囀り、風の音が初めて心地よく感じられた。胃の痛みと喉の渇きに耐え、脚を引きずって歩いた今日一日、何の価値があったのか?・・・、自問しても無意味であった。お湯を沸かして五目飯とラーメンを作り、無理して胃に流し込んだが、直ぐに嘔吐してしまった。仕方なく、リンゴと煎餅を囓り、胃薬を飲んでシュラフに潜った。
夜中の2時に目が醒めた。テントから這い出すと月が光々を夜空を照らしていた。倒木に腰掛けタバコを吹かし,今後の予定を頭の中で反芻する。出発にはまだ早い、再びシュラフに潜ると直ぐに寝入ってしまった。
5/2 晴
ビバーク場所(5:30)→甲武信岳山頂(8:15-8:50)→甲武信小屋(9:00-9:40)→徳ちゃん新道分岐(12:00-12:15)→西沢渓谷入口(14:30)
4時に起床、薄明かりの中に青空が広がっていた。しっとりとした木々の緑、空気は美味いが食欲はない。固形のブドウ糖を囓りながらコッヘルに注いだ白湯をゆっくりと飲み干した。右膝が浮腫んで曲げるこもままならないので、消炎剤をスプレーしてテーピングを施こしてから、ダブルストックでゆっくりと歩き出した。”ミズシ”のピークから富士山が綺麗に見えた。今回の山行で初めての展望である。甲武信岳から来た縦走者と短い会話を交わした。「昨日は何処に・・」、『富士見の手前で力尽きました。ビバークです。』、「貴方でしたかー。甲武信小屋に泊まった人が金峰山から、もう一人が来ないと小屋番に言ってましたよ。」、『あー、そーでしたか。それは心配を掛けてしまったなー。小屋に顔出して訳を話しておきます。』
ヘリコプターの爆音がした。何かのアクシデントか?甲武信小屋の
上空でホバリングしている。最後のガレ場を登りきって見覚えのある甲武信岳の山頂(写真:→)に到着した。3年前はガスで視界が無かったのに、今回は大展望である。金峰、富士、八ヶ岳、南ア、北アの山々が一望できる。山頂には数人の先客が眺望を楽しんでいた。反対側から変な時間に登ってきた私に、先ほどの縦走者と同じ質問を浴びせてきた。昨日の時点で縦走は諦め、甲武信岳から下山することに決めていたので、ゆっくり休んで小屋へ向かった。
小屋に到着すると陽光眩しいテラスで従業員達がお茶を楽しんでいた。声を掛けて仲間に入れてもらう。『先っきのヘリは何ですか?』、「中年の男性が木賊山のガレ場で転倒して動けなくなったんで、ヘリを呼んだんですよ。」、『あーそうですか、実は私も昨日、ミズシの手前で力尽きてテントビバーク・・』、「貴方でしたか。それは大変でした。ヘリでも呼びますか?(笑)」、『勘弁して下さい。(笑)』
余分な食料を小屋に供出しても荷物は差ほど軽くならない。西沢渓谷の最終バスをメモして、痛い脚を引きずりながら歩き出した。ここまで来たら安全第一、ペースなんて関係ない。木賊山を越えてから、戸渡尾根の嫌な下りを半歩づつ慎重に下って行った。徳ちゃん新道では、三つ葉ツツジやシャクナゲが綺麗な花を咲かせていた。勿論、写真を撮る余裕なんてあるはずがない。14時、三重苦に耐えて、やっと西沢渓谷の林道に到着した。
≪後記≫
散々の山行となってしまった。計画自体には無理はなかったと思うが、膝に爆弾を抱えているだけに、次からは山行スタイルを考え直さなくてはと思っている。
胃の方は下界に降りたら直ぐに良くなった。右膝が痛くて曲がらないので、医者に診てもらった。半月板及び靱帯損傷の可能性あり、後日に精密検査が待っている。膝に水が溜まっていたので、注射器でブチューと抜いてもらった。医者が差し出す50ccの黄色い液体を見て唖然とした。夏までリハビリの毎日が続く。(泣)