妙高山・火打山

・期間  2001年 10月4日(木)〜6日(土)
・山域  妙高山・火打山(頸城山隗)
・形態  単独・テント泊 周回コース
・行程  笹ヶ峰→黒沢池→妙高山→高谷池→火打岳→笹ヶ峰

10/4(木) 晴
 千葉(9:30)→笹ケ峰(16:30)

 京葉道〜首都高〜関越道〜上信越道〜長野道を乗り継いで14時に妙高高原ICで降りた。苗名滝の村営温泉で汗を流して、登山口の笹ケ峰へ車を急がせた。駐車場の片隅でビールとおにぎりの夕食を採り、サッサと車に潜り込んだ。ロッジの客も閑散としている。駐車場には他に車は3台しかなく、車中での泊りは私一人であった。

10/5(金) 雨・曇
 笹ケ峰(6:30)→黒沢池ヒュッテ(10:20-10:40)→妙高山(12:40-13:10)→黒沢池ヒュッテ(14:40-15:10)→高谷池ヒュッテ(16:00)

 車の屋根を叩く雨音で5時に目が醒める。何となく気が滅入るが雨具で武装してブナとシラビソの樹林に入っていった。平日で登山者もなく、気兼ねなくマイペースで歩いた。暫く緩やかな木道を歩くと沢音が聞こえてきた。黒沢の出会いで一休みしてから、十二曲がりの急登を登っていった。途中、一度の休憩を挟んで勾配が緩やかになると富士見平に到着した。雨は上がったが、辺りはガスで真っ白であった。
 紅葉の黒沢池富士見平という名前は至るところで目にするが、此処から本当に富士山が見えるのだろうか?それとも、妙高山(別名:越後富士)を富士山に見立ててのことなのか?富士山も妙高山も見えないのでナンとも言えない。
 一休みしているとガスも切れ、視界が開けてきた。分岐を右折して少し下ってゆくと黒沢池
(写真:←)が見えてきた。池の草紅葉を眺めながら黒沢池ヒュッテへの木道を急いだ。
 ヒュッテに到着すると2匹の大きなシェパードに迎えられた。小屋の掲示板には、”9月30日、大倉沢で熊が出没、燕新道は要注意!”との注意書が掲げてあった。私が歩くコースは、熊出没の大倉沢から尾根を二つ越えたルートなので脅える必要もないが、”熊”と書いてあるだけで緊張が奔った。
 妙高山頂へ向かうため、ベンチでサブザックに荷物を詰め替えていると北関東訛り(茨城人?栃木人?)の二人連れが到着した。
 此方から問い掛けてもいないのに自分たちのコースや宿泊地を勝手に告げてきた。「単独で妙高のピストンですか?」と尋ねられたので『そうです。』と答える。「私たちも直ぐに後を追いますから・・」との返事、逃亡者でもないのに追い掛けられても迷惑千万、責めて耳障りな北関東訛りの大声を慎み、静かに追い抜いて行って欲しいものだと心の中で呟き、『お先に・・』と軽い挨拶を返し、妙高山頂へ向かって大倉乗越への登山道を登って行った。
 それにしても静かである。誰にも遭わない。風の音も鳥の囀りもない。白い霧だけが紅黄色に染まったダケカンバの林を包んでいる。大倉乗越まで登ってから外輪山の内壁をトラバース気味に下り、燕新道への分岐を左に見て、急傾斜を山頂へ向かって登っていった。1時間ほど我慢すると妙高北峰
(写真:↓)へ達した。北峰から南峰に移動しても誰も居らず、相変わらず真っ白な霧と静寂だけが私を包んでいた。
 一服してから下りに掛かるが、ヒュッテで出逢った北関東訛の二人妙高山頂が登ってこない。”確か!彼らは私と同じコースを歩く”と言っていたが、何処へ行ってしまったのか?、遂にヒュッテに戻るまでの4時間、誰とも遭わない一人旅であった。黒沢池のテン場で泊まろうとも思ったが、明日の行動を考えて高谷池へ向かうことにした。
 なだらかな斜面と木道を歩き日没前に高谷池ヒュッテに到着した。受付で手続きを済ませてテン場へ向かうが、他のテント客はなく、ここでも私一人であった。テントの設営準備に掛かると、4人組のオバちゃんが私の作業の一部始終を興味深めに見詰めていた。
 今日唯一の会話は、北関東訛の二人連れとの一言二言だけ、高谷池ヒュッテ(写真:↓)は結構な人数で賑わっている。流石に人恋しくなり、食材を抱えてヒュッテへ向かった。
 軒下を間借りしてビールを飲みながら夕食の準備をしていると、茶髪の兄ちゃんが”くわえタバコ”で話し掛けてきた。「一人でテント泊ですか?」、『そうですけど・・』、「寂しくないですか?」、『慣れてますから・・』、「私たち13人のパーティーなんです。賑やかですよー。今日は、取材登山でして・・・」、『取材登山で紅葉の高谷池すか?』、「そこに、居ますよ。彼らと一緒です。」と茶髪の指差す先を見ると”取材登山”の意味が理解できた。
 『”みなみらんぼう”さんですか?』と尋ねると、「そうなんです!!」と茶髪は自慢げに答えた。人恋しくてヒュッテにやって来たのに”山の有名人”を取り巻く騒々しい輩々を見て、逆にブルーな気分なってしまった。
 大粒の雨が降ってきた。軒下でラーメンを啜っているとテン場を偵察していたオバちゃんに声を掛けられた。「一人で寂しくないですか?」、『はい・・』と答えると、「私たちの誰か?テントにご一緒しましょうか?暖かいですよー。」と品のない笑顔で茶化されたので、『誰でも良いですよ!今晩10時に入口を開けて待ってますから・・』と返してやった。
 夕飯を済ませて、雨の中をテントへ戻り、また一人になった。ウイスキーで疲れを癒し、茶髪の兄ちゃんとオバちゃん達との会話を思い出しながら眠りに就いた。


10/6(土) 晴
 高谷池ヒュッテ(7:00)→火打山(8:20-9:00)→高谷池ヒュッテ(10:00-10:10)天狗の庭から火打山→笹ケ峰(12:50)→杉野沢「苗名の湯」(15:00)→千葉(21:30)

 5時に目覚める。星は見えず、西から薄い雲が流れて行く。ラジオの天気予報は晴れを告げている。今日は火打山を往復して笹ケ峰まで戻り、温泉に浸かって自宅まで帰る予定である。
 朝陽を背に火打山へ空身で向かった。ヒュッテに泊まった数組の登山客が草紅葉の木道を先行している。 
 ”天狗の庭”まで来ると火打山の稜線(写真:→)に掛かっていた雲が切れて、赤く染まった頂上が顔を出した。心地よい秋風を肌に感じ、真っ赤に染まったナナカマドと池糖に映る火打山の姿に暫し見とれていた。
 なだらかな稜線を伝って、最後の階段状の登りを頑張ると広い山頂(写真:↓)に達した。目の前には黒姫山が大きく、西には雲海に浮んだ北アルプスの白馬岳から槍・穂高岳が並び、五竜岳の右肩には立山・剣岳まで望見できる。南に目を転ずれば八ヶ岳が雲上に顔を出していた。
 煙草を吸いなが火打山頂ら、ゆっくり景色を眺めていると、背後からご婦人に声を掛けられた。「昨晩は、お邪魔できなくて済みませんでした。一人で寂しかったでしょうー。」と昨日のオバちゃん、この絶景で彼女たちの気持ちも高揚しているのだろう。『10時まで待ったんですが、誰も来ないので一人寂しく膝を抱えて泣いてましたよ。』と切り返すと、例の品のない笑い声が返ってきた。
 今度は逃亡者になった気分で、オバちゃんから逃げるように下って行った。今日は土曜日、高谷池ヒュッテに戻ると大勢の登山客がごった返していた。小屋前は下界の喧噪をそのまま持ち込んだような騒ぎである。まだ、朝の10時だと言うのにテン場には数張りのテントが見えた。
 軒下に置いたザックを背負って、人波をかき分けるように笹ケ峰を目指して下って行った。連休の初日なので、登りの人が途切れることがなく、すれ違いに苦労させられる。団体の長い列を見送り、家族連れに挨拶され、初日の静寂とは雲泥の差である。
 笹ケ峰に到着すると駐車場は満杯で、車が路上まで溢れていた。我が愛車を探すのに苦労する程であった。