一切経山
・期間 2012年8月18日(土)
・山域 福島県・福島市
・形態 単独・ピストン
・行程 浄土平→酸ガ平→一切経山→鎌沼→浄土平
※ 残暑厳しい8月下旬。東吾妻の人気の山、浄土平を起点として一切経山を散歩気分で歩いた。しかし、突然・・・。
8/18(土)雨/雷雨
浄土平(10:20)→酸ガ平避難小屋(11:05-11:15)→一切経山(11:45-12:15)→酸ガ平避難小屋(12:35-12:45)→鎌池(12:55)→浄土平(13:30)
| 昨年の東日本大震災。応援のため福島県へ3度も出張した。 仕事場は福島市の中心部。深刻な被害はなかったが、誰もが疲弊していた。 仕事の合間に山を眺めると、雪帽子を被った吾妻小富士が青空に大きな口を開いていた。 「がんばろう!福島」のバッチを胸に、地元の人達と仕事をしていた時から1年半が過ぎようとしている。 福島は今でも多くの問題を抱えている。ならば、福島応援団の一人として何かをやらねば・・・。 そーだ、あの吾妻小富士の向こう側、一切経山へ登ろう! |
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![]() 浄土平ビジターセンター ![]() 駐車場から見た吾妻小富士 |
浄土平は雨だった。 しかも、福島県全域に「大雨洪水警報雷注意報」なんて”嫌な情報”が出ている。 今日は土曜日。天気が良ければ観光客で一杯なんだろうが、この雨では仕方がない。 |
![]() 登山口から一切経山の方向 |
車の中で着替えをして、雨具を着込んで外に出た。 吾妻連峰を東西に分けると、東は火山特有の砂礫地帯、西は緑豊かな森林地帯のイメージだが、ここ浄土平は砂礫の中のオアシスって感じで、背の低い緑の木々が広がっていた。 |
![]() 登山道から吾妻小富士を振り返る ![]() 大穴経由の直登ルートは閉鎖 |
吾妻小富士を背にして歩き出した。 初めは平坦な遊歩道が続いている。大穴経由の直登ルートを見送ると、300mほど先にカラフルな雨合羽の大集団が歩いていた。 この天気じゃ登山者も疎らだと思っていたが、少々の悪天候でも強行してしまうのがツアー登山である。 事故でも無けりゃー良いが・・・。おっと、その言葉、俺自身にも言えること。”桑原々々”である。 |
![]() 噴煙を上げている大穴火口 |
遊歩道も終わり、登山道らしくなってきた。 右前方には大穴火口が噴煙を上げていた。 こう見ると、やっぱり地獄の絵図だ。日本は火山国。全国の至る所にこの様な場所があるが、この”大穴”も”殺生ケ原”や”地獄谷”とかの名前がぴったりの風景であった。 |
![]() 酸ガ平 ![]() 酸ガ平の分岐(右が一切経山、真っすぐ行くと鎌沼) |
適度な傾斜の尾根を登り、幾つかの階段を登り切ると平坦な場所に出た。 ”酸ガ平”である。緑の中に茶色い屋根の避難小屋が見えてきた。 |
![]() 酸ガ平避難小屋 |
小雨が絶え間なく降っている。 雨宿りと汗拭きを兼ねて、避難小屋の扉を開けて中に入ると、一人の中年女性が疲れた表情で座っていた。 「タバコを吸っても良いですか?」と伺うと「どうぞ、遠慮なく」と返ってきた。 さらに続けて、埼玉県から登山ツアーで来たこと。朝が早かったので寝不足で体調が悪いこと。皆んなに迷惑を掛けたくないから、頂上へ向かわずに小屋で待機していること。こんな事だったら本を持ってくれば良かったこと。など、次から次へと愚痴られる。 そんなに愚痴られても「残念ですねー」としか、返しようがなかった。 |
![]() ザレ場の途中から鎌池を見下ろす |
避難小屋を出て、ザレ場の斜面を登って行った。 高度が上がるにつれて、周りの景色も違ってくる。(当たり前か!) 眼下には茶色い屋根の避難小屋。その右手には”酸ガ平”の草原と”鎌池”の湖面が広がっていた。 |
![]() 左手奥の丸い山が一切経山 |
ザレ場も終わり傾斜が緩くなってくると、正面に皿を伏せたような山が見えてきた。 あれが”一切経山”なんだろうが、随分と平坦な山だなー。 火山特有の赤味がかった土を踏みながら、あの山を目指して歩いて行った。 |
![]() 頂上の「空気大感謝塔」 |
広々とした山頂に到着した。 そこには、ケルン?でもない、ピラミッド?でもない、そこら辺の石を無造作に積み上げた2mほどの小山があった。 中心に白い柱が建っていた。柱には「空気大感謝塔」と書いてある。何を意味する物か?どう解釈したらいいのか?得体の知れない碑文にチョッとビビったが、兎に角、頭を下げれば間違ないだろう。 脱帽して、深々と頭を垂れてから休憩場所を探した。 |
![]() 三角点と山名標は大集団に占領されていた |
その小山から20mほど先に三角点があった。 俺にとって”三角点タッチ”は、山頂での最も大切な儀式である。 事も有ろうに、その大切な三角点の直ぐ傍で大集団がビニールシートを広げて昼食の準備をしていた。 狭い頂なら仕方ないが、この広々とした頂上である。休憩場所には事欠かないはずなのに、三角点や山名標の前を陣取るなんて、山の常識を知らない大バカ者だ。 埼玉からのツアー客だろうが、「後から来る人のために三角点の周りを占領しない。山名標の前で記念写真を撮ったら直ぐに離れる。飯は、少し離れた場所で食べる。タバコは隅っこの風下で吸う。」 リーダーは、こうした山の”イロハ”を教えないのかねー! 頭に来たので、正面から堂々と切り込んで三角点にタッチしてから、隅っこに避難した。 |
![]() 五色沼が見えた |
この山の人気は、山頂からの景色と”五色沼”である。 沼が眼下に見える絶好の場所まで移動して、オニギリを食べた。 雨は止み雲も切れて、鮮やかな緑の湖面が顔を出した。雲の切れ間からは、”家形山”から”西吾妻山”へ続く稜線も見える。 汗ばんだ体を涼風が通り抜けて行った。この空気、この景色、何とも気持ち良い。山はこうでなくっちゃねー! |
![]() 一切経山を振り返る |
誰にも迷惑を掛けることのない場所で一服してから山頂を後にした。 避難小屋に立ち寄ると、先程の女性が暇を持て余していた。「団体さんは、まだ降りてきませんよ。」と告げてから、鎌池へ向かった。 |
![]() 雲が垂れ込み、雷鳴も近付いてきた |
天気が急変した。 小雨が大きな雨粒に変わり、雷鳴が近付いてきた。 ”鎌池”を通って、”東吾妻山”をピストンしてから浄土平へ戻る周回コースを予定していたが、鎌池まで往復してから最短コースで戻ることを決めた。 |
![]() 鎌池 |
頭上を暗雲の塊が幾つも通り過ぎ、雷鳴が頻繁になった。 豪雨で濁川と化した登山道を急いで下って行った。突然、頭上で”ドカーン”・・・と雷鳴が轟き、地面が揺れたように感じた。 反射的に身を低くしたが、考えてみれば、人間の反射神経が稲妻の速さに勝てるはずもない。 こんな場合、運を天に任せて、自分に災が無いことを信ずるしかない。 |
![]() 浄土平へ戻ってホッとした |
雷鳴が轟き、稲妻が走る中を全身ずぶ濡れで、浄土平まで戻ってきた。もう、安心である。 埼玉からのツアー客は、避難小屋で避難中なんだろうけど、事故でも無けりゃー良いが・・・。 おっと、俺にも有り得たこと。雷様に撃たれなくて良かったなー!正に”桑原々々”(雷除けのお呪い)な半日であった。 ※この日、全国各地は大気が不安定で、槍ヶ岳でも落雷があり、一人の男性が亡くなったことを、下山後のニュースで知った。 |