天城山
・期間 2007年12月1日(土)
・山域 伊豆
・形態 パーティ・周回
・メンバー W、M、I、R
・行程 天城高原ゴルフ場→万二郎岳→石楠立→万三郎岳→涸沢分岐→地蔵堂分岐→天城高原ゴルフ場
※ いつものメンバーに伊豆の天城山&網代温泉ぬくぬくツアーを提案した。H氏が仕事の都合で参加できないのは残念だが、富士山と冬枯れの木々を眺めつつ楽しく歩いた。
12/1(土)晴れ
天城高原ゴルフ場(9:40)→万二郎岳(10:45-11:00)→石楠立(11:15)→馬酔木トンネル(11:25)→万三郎岳(12:10-13:10)→涸沢分岐(13:50)→地蔵堂分岐(14:20-14:30)→天城高原ゴルフ場(15:20)
| 天城山は、万二郎岳や万三郎岳などの山々の総称で、独立した山名ではない。 そして、この山は百名山として人気が高く、特にシャクナゲの花々が咲き誇る初夏は相当に混雑するらしい。 ならば、冬に歩こう。きっと静かな山が楽しめるはずである。 |
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![]() 駐車場から見た万二郎岳 |
途中、別荘地の管理棟で缶ビールを仕入れて、天城高原ゴルフ場脇の登山者専用の駐車場に到着した。 先客は駐車場の半分にも満たないが、大型バスが2台駐車してあった。その内の1台は山形県からの”天城山ツアー”、彼等も我等と同じように、雪のない伊豆の百名山を登り、何処かの温泉でくつろごうという魂胆に違いない。 駐車場からは万二郎岳が正面に見える。先ずはあの山を目指してゴルフ場の脇から歩き出した。 ※駐車場は広くて綺麗なトイレと水場がある。万次郎岳と逆方向には富士山が見えた。 |
![]() 万二郎岳分岐 |
歩き始めて15分で万二郎岳分岐に着いた。ここから反時計回りで万二郎と万三郎の兄弟山を巡ってくるので、ここがスタート地点のようなものだ。 それにしても兄の万二郎より弟の万三郎の方が背が高くて立派なのは、何やら兄としての沽券に係わるような気がするが、人間社会でも良くある事なので、まー仕方ない。 |
![]() カエデの落葉が綺麗な登山道 |
万二郎岳に向かうと、照葉樹と落葉樹の入り混じったなだらかな斜面が暫く続き、カエデの真っ赤な落葉が登山道に積もっていた。何だか幼児の手掌を靴底で踏み付けているようで申し訳ないが、踏まなければ登れないので仕方がない。 サクサクとした靴音を発てて、道が適度な傾斜に変わると、周りの樹相も変わり立派な姫紗羅や馬酔木が目立ち始めた。 |
![]() 静かな万二郎岳の頂上 |
最後の急斜面を一登りで、1320mの万二郎岳の頂上に到着した。 全ての葉を落として丸裸になった落葉樹の中に立派な山名板と古びた三角点があった。 周りの視界はなく、空も薄曇で何となく寒々しい。風も出て来て、冬の気配が徐々に増してきた。 |
![]() 万三郎岳が見えた |
万二郎を後にして直ぐに、前方に此れから目指す万三郎岳が見えてきた。 あの頂までざっと1時間の行程である。 |
![]() 富士山が見事であった |
途中、狭い岩の上からは雪を被った富士の峰が見え、左手には相模湾が逆行の中に白銀色に輝いていた。 それにしても富士山は何時何処で見ても素晴らしい。然るに”富士は登るに非ず、仰ぎ見て拝むべし”が俺の格言である。 |
![]() 明るい”馬の背”の尾根道 |
”馬の背”から”石楠立(はなだて)”へは明るい緩やかな尾根道が続いている。 石楠立の先を少し進むと、左手に相模湾が見え、その向こうには、伊豆大島を始めとした幾つかの島々が、青白い空に薄く浮んでいた。 |
![]() 馬酔木のトンネル |
馬酔木(アセビ)のトンネルを通過する。 このコースのハイライトである。花の時期はどんなに素晴らしい道に変わるのか?想像するだけでワクワクしてきた。 ガイドブックでは、雪の馬酔木トンネルも紹介されている。考えただけでワクワクしてきた。 |
![]() ブナの大木に青い空 |
周りの樹相がブナやナラに変わり、落葉を踏む音がサクサクと乾いた音に変わった。 寄り道してブナの大木が幾つも残る”神秘の場所”に分け入った。 青空に立派な枝を広げるブナの大木を見上げると、太古の森に迷い込んだような気分になった。 |
![]() 万三郎岳の頂上 |
幾つものパーティで混雑した頂上広場に着いたのは、丁度昼飯時であった。(写真は先客パーティが去った後に撮影) 我々も隅っこで準備に掛かるが、海側からの寒風が強く、お湯を沸かすのに一苦労した。 おっと、その前にビールで乾杯しなくちゃ・・。何はともあれ頂上ではビールである。乾杯の後、ラーメン2袋をズルズルやるW氏、アルデンテ気味のラーメンとオニギリ3個をペロリとたいらげるI氏、超特大のソーセージを恵んでくれたM氏、いやはや皆んな元気である。 木々の切れ間、三島・沼津の市街地の向こうに雲を従えて富士山が浮んでいた。富士はやっぱり日本一の山である。 |
![]() 涸沢分岐付近からの万三郎岳 |
帰りは万三郎岳の北側を巻いて登山口に戻るコースを歩いた。 涸沢分岐までは一気の下り、その後は視界のない巻き道が続いていた。 M氏は下りがめっぽう早い。それに引き替えW氏の調子が今一つである。右膝の古傷を痛めてしまったと言う。M氏を先に行かせ、W氏のペースに合わせてW・I・Rの順でゆっくりと戻って行った。 |